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2017年3月14日 (火)

リンドショウグンを想って・・・~感謝と回想~

お葬式の後も、リンドショウグンのために

とても綺麗なお花が届きました。

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温かいメッセージに涙が出ました。

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手作りの、リンドショウグンのお顔付きのブーケです。

かわいいリンゴも付いています。

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お葬式の時からも・・・

こんなにもしていただいて

恐縮な想いと、有り難い想いでいっぱいです。

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リンドショウグンの魂は

皆様からの温かい愛情に包まれて

天国でも、感謝の気持ちをいっぱいに持ち続けていることと思います。

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ここからのメッセージは ↓

お葬式のお花に添えられていたものです。 

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実は、お葬式の記事を書いたときに

お花の写真ごとに

メッセージを書き写していたら

あと少しというところで、エラーで全て消えてしまったのでした。

今ごろの掲載で、すみません。

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もちろん、前にも書きましたが

多くの皆様の温かいお気持ちが遠くから沢山飛んで来ていたのを

とても感じておりました。

皆さま、本当に、どうもありがとうございました。

 

リンドショウグンの思い出・・・

 

1999年5月5日の夜に、牡馬が2頭、生まれました。

もう1頭は、バイラーの兄にあたる、スターオブホーストでした。

現在の名前は、エオーロエフエで

南幌ライディングパークさんで可愛がっていただいています。

 

子供の日に男の子が2頭・・・

牧場にとっては、とても嬉しい出来事でした。

 

まず、初乳を飲めるかを確認して

おしっこがちゃんと出るかも確認するために

厩舎の廊下にイスを持ち込み

座って、おしっこが出るまで、見守ったのを

今でも覚えています。

 

生涯の最後にも、おしっこが出るかを気にすることになるとは・・・

 

リンドショウグンは芦毛でしたが、子馬の頃は栗毛でした。

当時、ご近所の牧場さん方が

競走馬としての馬主さんをご紹介下さいました。

 

リンドショウグンは普段は元気だったのですが

御一行が馬を見に来るタイミングで、下痢をして

お話は保留になりました。

 

それから治って

また改めて同じ馬主さん御一行が見に来られることになりました。

すると、そのタイミングで、またまた下痢・・・

 

これで、破談となりました。

 

その代わりにと、ミサイルの弟が(リンドショウグンの同級生)

その馬主さんに買っていただけることになり

フミノスマッシュとなりました。

 

余談ですが

フミノスマッシュは、引退後、故郷に帰って来ていたところ

引退馬協会の沼田代表のお世話で

乗馬インストラクターの御一家が引き取って下さいました。

広い庭で養い、とても可愛がって下さり

現在も幸せな姿のご連絡をいただいています。

 

一方、売れ残ったリンドショウグンは

1才の秋までに行き先が決まらず・・・

隣り町の親戚の育成牧場さんのお世話で、トレーニングを受けることになり

その牧場さんが競走馬としての馬主さんを見つけてくださり

他の仲間たちより遅くなりましたが

行く先が決まり、大井競馬場に向かったのでした。

 

デビューして、早い段階で

「もう引退するようだから、近々、返すよ」

とお話がありましたが

なぜか、その後も、長く競走馬として走り続けてくれました。

 

いよいよ引退の時・・・

直接、調教師さんにお願いしてありましたので

ご連絡をいただけました。

 

特に脚を痛めたというわけではなかったので

乗馬として長生きできればと願いました。

リンドショウグンの長兄、キゼンラックがお世話になっている乗馬クラブさんに

受け入れを打診してみました。

 

すると

「いいよ、いいよ。ラックの弟なら喜んで!」

と仰っていただけ

リンドショウグンは故郷に戻らず

大井競馬場からまっすぐ、群馬県に向かったのでした。

 

その後は

その乗馬クラブさんと信頼関係のある、レオナルド・ダ・ヴィンチ牧場さんで

乗馬として大変可愛がっていただけました。

 

リンドショウグンの同級生を振り返ると

1999年生まれは、全部で6頭いました。

 

先に書きました、スターオブホースト、フミノスマッシュの他に

コユキ、ヒカリゴールド、セイザンニッポン。

 

コユキは故郷で安楽死となり

ヒカリゴールドは、競走馬としてデビューできませんでしたが

現在も、お優しいアスール乗馬クラブさんで、とても可愛がられています。

 

大変悲しい結果だったのは

ナイスネイチャの2年目の息子、セイザンニッポンでした。

名古屋競馬で、現役競走馬の時に

難しい重篤な病気にかかり、かなり苦しんだ末、亡くなったとのことでした。

 

リンドショウグンの死に接し

関わった仲間たちのことも思い出されました。

日頃は、この馬たちのお話に、なかなか触れる機会がありませんので

こういう仲間たちもいます(いました)ということで

書かせていただきました。

 

リンドショウグンは、先に逝った仲間たちと天国で再会し

今、生きている仲間たちのことは、優しく見守ってくれると思います。

 

皆さんの想いと同じように・・・

私も、リンドショウグン、あなたのことが大好きだよ。 

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