9月17日午前11時45分頃、キゼンラックが31歳の生涯を終えました。
渡辺牧場里親会の第6号サポートホースとして
これまでご支援くださいました皆様に心より御礼申し上げます。
翌々日が雨予報だったため、翌日18日にお葬式をしました。
沢山の温かいメッセージと、とても綺麗な供花、お供物の人参とリンゴ、ハーボールが届きました。
町内在住のお二方の会員様が駆けつけ手伝ってくださいました。
皆様、本当にどうもありがとうございました。
山の墓地(保健所の埋葬許可済)に着いてから
トラックの荷台に横たわるラックの顔のそばにしゃがむと
ふと、ラックの顔のそばに栗が1つだけ落ちていることに気づきました。
マロンが付き添ってくれていたんだとすぐにわかり、栗を手に取りましたが
あまりにも驚いたので、少しの間、言葉が出ませんでした。
↓ こちらをぜひご一読いただけましたら幸いです。
このブログに書いた感動の続きがあったとは、夢にも思いませんでした。
信じられないかもしれませんが…
私は信じます。
目に見えなくても、マロンは確かに居てくれてるんだと…
荷台の上でラックに付き添ってくれていた栗は
ラックの顔のそばに置いて一緒に埋葬しました。
マロンのお墓にもお線香をお供えしてお礼を伝えました。
ラック、マロンや先に逝った仲間たちが一緒に居るよ。
寂しくないね。
みんなどうか安らかにいてね。
9月17日、午前11時45分頃に、キゼンラックが31歳の生
↓ 2026年8月31日、会員T様がラックに髪飾りをつけて撮ってくださいました。
渡辺牧場里親会の第6号サポートホースとして
これまでご支援くださいました皆様に心から御礼申し上げます。
↓ 2026年4月6日、会員S様撮影 ラックの口元があまりにも可愛くて、この角度から撮ってくださったんだなぁと思いました
監視カメラを振り返ると、16日の23時半頃までは普段と変わりない様子で過ごしていました。
その頃からラックは自身の左右のお腹を何度か気にして見る仕草をしていました。
ラックのお腹の中で異変が始まったのかと思います。
日付が変わる頃からは痛みがとても強くなり
寝たり起きたりを繰り返し、居ても立ってもいられない苦しい時間を過ごしました。
0時45分頃になると寝た状態で天を仰ぐように、何度か仰向け状態になりました。
こういう姿勢をとる疝痛は重篤だと昔から聞いていました。
ただ、ラックはその姿勢をとった後からは、「居ても立ってもいられない状態」を脱したかのように
もちろん苦痛は続いていたでしょうが、それ以前よりは少し落ち着いて時間を過ごしていました。
↓ 2026年8月28日 会員Ki様撮影 口に牧草をくわえたラック
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昔、ナイスネイチャの同級生の「タイ63」という牡馬が1歳の終わりに育成牧場で疝痛で亡くなりました。
平成元年12月17日のことでした。
3日くらい疝痛で悩んだと訃報の後で聞きました。
息を引き取る前に、一旦楽そうになった時間があったと聞きました。
解剖の結果、腸が横隔膜を突き破っていたとのことでした。
「腸が行き場がない時はとても痛かったのが、横隔膜を突き破って腸の行き場ができたことで、少し楽そうに見えた時間があったのだろう」
と説明を受けました。
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ラックも横隔膜かどうかはわからないですが
何か似たようなことが起きていたのかもしれないなと思いました。
ラックは、夜中に疝痛症状で寝ては起きてと苦しんでいましたが
私が監視カメラで見たタイミングには静かに佇んでいたため異変に気づか
私は次の馬たちのカメラに移っていってしまいました。
異変に気づいたのが朝になってしまい、とても申し訳ない気持ちでいっぱ
本当に可哀想なことをしました…
ラック、ごめんなさい…
↓ 2025年6月14日 会員S様撮影 口に牧草をくわえたラック
この日は左目が腫れて注射と目薬の治療と記録がありました
プレゼントされた素敵な無口をつけています
朝4時前に厩舎に行くと、いつものように裏戸の上だけ開いた窓から静
ただ、全身に寝ワラがついていてもがいた形跡があり、驚いて近寄
疝痛だと思い、早朝に申し訳なくも獣医さんに往診をお願いしまし
間もなく来てくださり、その時点ではラックは静かに落ち着いていたため
消
その後、治っていかないので、普通の疝痛とは違うと思い獣医さん
検査を受けたら、水が溜まっているのがわかりました。
消化管破裂が考えられ、診療所に連れて行っても、手術で治
↓ 2026年9月5日 会員Ku様撮影
治る見込みがないのなら、一刻も早く楽にしてあげたいと思いました。
馬房の外からは静かに佇んでいるように見えましたが、近くに寄ると
呼吸が正常ではなく、体も震っていました。
少し前に測った体温は38.5℃くらいでしたが
ラックの顔は異様なほど冷たくなっていました。
虚脱という状態だそうで
人間で「顔面蒼白」という言葉がありますが
ラックはもう、どんどん脱力していっていました。
獣医さんは麻酔薬を取りに一旦お帰りになり、すぐに戻って来てくださいました。
その間に、長年、乗馬クラブでラックを可愛がってくださった中山先生の声を
スマホのハンズフリーで聞かせました。
ラックが声に反応しているのがわかりました。
ラックは中山先生の声のするスマホの方に視線を移し、声を聴いた瞬間、目をしっかり見開いていました。
↓ 中山先生の声を聴いた後、11時30分頃のラック。
そして、鎮静剤、麻酔薬を効かせた上での安楽死の処置をしていただきました。
↓ 2026年9月5日のラック
翌々日から雨予報だったので、翌日、お葬式をしました。
皆様にも悲しい思いをさせて誠に申し訳ございません。
そして、本当にありがとうございました。
ビクトルの放牧仲間だったエイアイファンは
蹄の事情でしばらくの間、別の狭めの放牧地で過ごしていました。
1ヶ月半くらいでしたか…
どちらも1頭放牧になり寂しそうにしていました。
ビクトルはあまり遠出せずに出入口近くにいることが多くなっていました。
8月1日、もういいかなと甘い判断をして、エイアイファンをビクトルの放牧地に戻した時の
感動の再会を喜ぶ2頭です。
↑ 左がエイアイファン、右がビクトルです。
しばらーくグルーミングをしていました。💕
ところが8月3日、ファン君が落鉄してきてしまいました。
蹄鉄は近い所に落ちていたので拾って来ました。
また跛行するようになったのとやはり広いところで走り回ると落鉄してしまう現実を考え
蹄鉄を打ち直した後、またエイアイファンは1頭で狭い放牧地に移りました。
ビクトルはまた寂しくなりました。
ところが、急な展開で、今年秋の終わり頃に入厩する予定だった
トウマ君(競走馬名はハタノゼーレ)が予定より早く入厩することになりました。
トウマ君は偶然にもビクトルと同じ16歳セン馬です。
父はサクラバクシンオーです。
2024年11月にここで亡くなったゼロファイター(競走馬名はジェダイナイト)と同じです。
ゼロは栗毛でしたが
トウマ君の目と形や角度、しわの寄り方がとてもよく似ています。
2頭はすぐに仲良くなりました。(*^-^*)
それから数日後、ビクトルに東京の会員様からとても素敵な無口のプレゼントが届きました!!
とっても素敵に似合っています!!
幸運続きのビクトル💕
良かったネ!
7月1日、朝の3:43ですが明るくお月さんが綺麗でした。
夏至が過ぎたばかりの頃なので朝も早くから、夜も19時過ぎても明るく
1日が長~い頃です。
右手の芦毛はバイラーです。
7月19日は久しぶりにまとまった量の雨が降りました。
川は水位が上がりました。
昔に比べて短時間(半日くらいか)降っただけで水位がこんなにも上がるようになりました。😟
夕方前に止んで2時間ちょっと馬たちを放牧できました。
7月21日朝3:51、霧が立ち込めていました。
この中にゼブラ柄の虫除け馬服を着たリスちゃんやモアちゃんがいます。
7月23日8:45
セイントネイチャーとヒカルです。
白髪が増えたセイントです。
ヒカルが寝ていましたが、私に気づくとすぐに起きてしまい
寄って来ました。
セイントもついて来ました。
7月25日18:45
この日は暑い日中は馬房で避暑して夕方に2回目の放牧をしていました。
収牧しようと迎えに行くと
リスちゃん(鹿毛)が芦毛とグルーミングしているので
仲良しの芦毛のオーちゃんかなと思ったら
珍しいことにバイラーでした。(^^ ♪
7月7日のラックの放牧地です。
右半分の緑色の方は先に一番牧草を刈りとり
二番草が伸びて食べられるようになるまでは、左半分の伸びた草を食べていてもらい
右半分に美味しい二番牧草が少し伸びてきてから
左半分を刈って干して収穫しました。
左半分はまだ二番草が伸びてきておらず、白茶けた色に見えます。
ここから10日ほどすると、左半分も写真の右半分のように緑色になります。
7月8日、朝4時前の幻想的な風景です。
右の大きな放牧地はバイラー、プリン、オーちゃん、モアちゃん、リスちゃんの放牧地です。
その左隣の放牧地にラックも写っています。
左手前の放牧地にケイウンネイチャーがいます。
7月8日、プリンちゃんとオーちゃんがグルーミングしていました。
オーちゃんがリスちゃんに浮気気味でしたが
やっぱりプリンちゃんともいつも仲良しです。💕🐴
今年は6月25日から、朝3時過ぎに放牧するようになりました。
6月28日の早朝、グリちゃんとヤマトです。
動画で撮影したものの静止画なので、鮮明度が落ちてしまいましたが
実際にはとても幻想的で美しい光景でした。
7月1日のヤマト(左)とグリちゃん(右)です。
ヤマトは蹄葉炎の左前蹄底が痛いので
放牧地との行き帰り、硬い地面の上を歩く時だけ靴を履かせています。
履きっ放しだと蒸れるので
放牧地に着くと、脱がしてもらいます。
7月2日、珍しく横になっていたグリちゃんと
そばで草を食んでいたヤマトです。
こちらも動画の静止画で鮮明度が落ちますがすみません。
7月6日、放牧地をそれまでより少し広めのところにしました。
久しぶりで駆けまわっていました。
元気に過ごしています。
マロンは乗馬を引退し、2021年6月13日に渡辺牧場に仲間入りしました。
オランダ生まれの中間種
当時23歳のセン馬でした。
マロンは、ダッチ・ウォームブラッド(KWPN)という温血種とのことでした。
この更に15年前に乗馬として日本に来てから何度かオーナーさんが変わったそうで
マロンが最後に出会ったオーナーさんは、余生まで養ってくださる優しいママさんでした。
ママさんは、大切な大切な愛する宝物マロンを
私のことを信頼して託してくださいました。
マロンがここに来た日、ママさんも訪問してくださいました。
マロンもとても優しくておおらかな可愛いお馬さんでした。
当時26歳だったキゼンラックと同じ放牧地に放すと、お互いにすぐに打ち解けて仲良しになり
それからの彼らの放牧時間は、とても楽しそうで幸せそうでした。
しかし…
ママさんの大切な大切な宝物マロンをお預かりしたのに
私はたった3週間でマロンを死なせてしまいました。
2021年7月3日の夕方に疝痛症状を見せ、一旦は獣医さんの治療で良くなったかのように見えましたが
夜に開腹手術となってしまいました。
マロンは助からないとのことで、そのまま安楽死の処置がとられました。
たった3週間しか生かしてあげられなかった…
たった3週間しか一緒にいられなかった…
マロンにつらい痛い思いをさせてしまった…
ママさんからかけがえのない宝物を奪ってしまった…
私にとっても一生忘れられない苦しい体験となりました。
ママさんの気持ちを考えるとどんなに詫びても足りません。
なのに、ママさんは今も渡辺牧場の仲間たちをずっと応援し続けてくださっています。
マロンの遺骨はどこに埋葬しようかと考え
渡辺牧場で親友になったキゼンラックの弟リンドショウグンのお墓の横にと思いました。
ママさんが駆けつけてくださり、美しい花々が届き、7月8日にお葬式をしました。
2026年7月8日 お葬式
お葬式の時、マロンのママさんが
「マロンが見てる」とおっしゃったので
見ると、本当にそばでモンシロチョウが1匹だけ居て
こちらをずっと見ていました。
すぐ近くでスコップで大きな音を立てていても、近づいて写真を撮っても逃げず
ママさんに、私に順に向き合いご挨拶してくれ
最後までそばに居てくれました。
マロン…(涙)
それからも毎年、命日にママさんからお花が届き、私もお花の苗を植え、お参りしていました。
一方、隣のお墓のリンドショウグンは、本州の乗馬クラブにいた頃に可愛がってくださっていた女性Mさんが
毎年5月にお墓参りに来てくださっていました。
今年は5月29日に来られ
お墓参りの前に、一緒にホームセンターでお花を選びました。
Mさんは「リンドショウグンは青がイメージカラーだから」と
青い花を中心に選ぶことにしました。
私は「隣のマロンも青がイメージカラーなんですよ」と
2頭に同じ花を植えようと、同じ花を2つずつ選びました。
マロンのお墓には数年前に植えた宿根草が根付いて増えており
ちょうどその頃、マロンのイメージカラーの青い色の花を咲かせていました。
2026年5月29日、マロンのお墓(左)と、リンドショウグンのお墓(右) ↑
2026年5月29日、マロンのお墓 ↑
リンドショウグンの方はMさんにお任せして
私はマロンのお墓に植えようとした時…
土の中から少し艶のある塊が出ていることに気づきました。
一昨年だったかチューリップの球根を植えたのが
今春も花を咲かせたものもあったので
それが少し顔を出してるのかな?と思って手に取ると
それは球根ではなくて栗でした。
どこも欠けていない綺麗な栗…
どうして栗がここに???
この山に栗の木はありますが
この墓地の周辺には無いんです。
ドングリの木はありますが
これまで私は38年近くここに出入りしてきましたが栗は一度も見たことなく
主人も同じように言います。
どうして栗がマロンのお墓に…?
はっ!!
マロン=栗!!
と、次の瞬間に気づいて驚きました!!
マロンが
「ここに居るよ!」って
アピールしていたのかな?
写真は後で置いてから撮ったものです
最初に見つけた時は土から3分の1くらいが見えている状態でした
その日は塔婆の前に置いて帰りましたが
翌日もお墓参りに行きましたので
大切な栗なので、マロンのお墓に埋めてきました。
魂は瞬時にあちこちに飛んで行けるそうですから
いつもは東京のママさんのところにいるマロンが
きっとこの日、お花を植えてもらえるとわかって
ヒュン!!と飛んできてくれたのだと思い、感激しました。
冬を越した栗とは思えない綺麗な栗でした。
マロンはきっと空の上で心地よくいてくれてると思いました。
マロンのママさんには
「これからお話することは作り話ではなく本当のことなんです」
と前置きしてから
この栗のことをお伝えしました。
今年の命日にもママさんからお花とお線香、人参とリンゴが届きました。
今年の命日は主人の他、長女も一緒にお墓参りしてきました。
それで、後になって聞いたのですが
主人がこの時、大きな黒アゲハチョウが1匹、マロンのお墓の上の高いところを飛んでいたのを見たのだそうです。
私はその下でお花を植えることに集中していて
そういえばお父さんが「黒アゲハが…」どうだとか言っていたのは聞こえていたのですが
春風ヒューマやマザートウショウのお葬式の時のことを言っているんだと思い込んで聞き流してしまいました。
命日には黒アゲハチョウになってアピールしてくれていたんだね。
マロン、どうもありがとう。(涙)
5月12日 暑くも寒くもなく気持ちの良いお天気の一日でした。
午前9時ごろ、放牧地の真ん中で気持ちよさそうに寝ているポン君(ニッポンテイオー)とアオイ君(アオイクレアトール)の姿が見えました。
↑アオイクレアトール(左)とニッポンテイオー(右)
↑ 寝転がって草を食べるアオイ君。
ポン君はグーグーと寝息を立てていました💤
いい表情ですね^^
ふと隣の放牧地に目をやると ヒカルも寝転んでいました。
ゴロンと横になったり草を食べたりとのんびり過ごしていました。
セイントも立ちながらウトウトしていました💤
↑奥がセイントネイチャー、手前がヒカル
5月27日 プリンちゃんとオーちゃんが仲良く並んで寝ている姿を撮影できました😃💕
オーちゃんは日課なのか、午前中は寝ていることが多いですが
プリンちゃんも寝ているのは珍しいです😃
実は最初は近くでモアちゃん(モアザンベスト)も一緒に寝ていましたが
撮影しようとすると起きてしまいました。
↑プリンちゃん(左)、オーちゃん(右)
近寄っても起きず グーグーすやすやと寝息を立てていました
寝顔が可愛いですね^^
オーちゃんの無口が黒ずんでいるのは おそらく隣のラックとじゃれ合って遊んでいるときに
咥えられて汚れたものと思われます。
この後洗濯しました。 が、すぐにまた黒くなっていました💦
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
| 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
| 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
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| 27 | 28 | 29 | 30 |